カスタマージャーニーマップとは、顧客が商品やサービスに出会い、利用し、次の行動に移るまでの一連の体験を、行動・感情・思考とセットで時系列に見える化したものです。本記事は「言葉は知っているけれど自分では作ったことがない」という方に向けて、架空のオンライン英会話サービス「DXイングリッシュ」を例にしながら、読み終えた直後にそのまま手を動かせる7ステップの実践ガイドとしてお届けします。
読み終わったあと、紙とペン(または付箋とホワイトボード)だけで、ご自身の担当サービスのカスタマージャーニーマップの初版を1〜2時間で書ける状態になることを目指します。
カスタマージャーニーマップとは?まずは1分で理解する
カスタマージャーニーマップは「顧客の旅の地図」です。商品を知り、迷い、買い、使い、誰かに勧める。この一連の流れを横軸の時間と縦軸の項目(行動・感情・思考・課題など)で1枚に整理します。
マップを作ると、何がうれしいのか
作る目的は人によって違いますが、初心者がまず押さえたいうれしさは次の3つです。
- 「思い込み」と「実際の顧客」のズレが見えてくる:作っていくうちに「ここは推測でしか書けない」という空白が浮き彫りになり、追加で調べるべきポイントが明確になります。
- 議論の土台が1枚にまとまる:これまで部署ごとにバラバラだった顧客像が、関係者全員の共通言語になります。
- 改善ポイントの優先順位が決めやすくなる:感情が大きく落ち込む箇所、迷いの長い箇所が一目でわかるため、どこから手を打つべきかが見えてきます。
作る前に必ず決めておきたい「2つの軸」
いきなり付箋を貼り始めるとマップが迷走します。最初に「どんな目的のマップを、誰の視点で作るのか」を関係者で握っておきましょう。下の図のように、検討の目的(横軸)と体験の範囲(縦軸)の2軸で4つの方向性に整理できます。
軸1:AS-IS(現状)かTO-BE(理想)か
AS-ISは「いまの顧客はこう動いていて、こう感じている」という現状を描くマップです。改善や課題発見が目的のときに選びます。一方TO-BEは「こうあってほしい」という理想の体験を描くマップで、新サービス企画やリブランディングの場面で使います。最初の1枚は、ほぼ確実にAS-ISから入ると考えてOKです。
軸2:事業者視点か顧客視点か
事業者視点(インサイドアウト)は、自社のオペレーションや製品起点で体験を整理します。顧客視点(アウトサイドイン)は、顧客の生活や悩みのなかにサービスがどう入ってくるかを起点に整理します。改善ヒントが多く出やすいのは顧客視点側ですが、対応する社内資料が少ないため、後述するインタビューやアンケートの準備が肝になります。
「とりあえず作ってみよう」と始めると、作っている途中で「これって現状の話?理想の話?」と全員の手が止まる現象が起きます。冒頭で「今回はAS-ISを顧客視点で作る」と1行紙に書いて貼っておくだけで、迷子を防げます。
実践!作り方の7ステップを例で追体験する
ここからは、架空のオンライン英会話サービス「DXイングリッシュ」を題材にして、7ステップを順に手を動かしてみましょう。下の図が全体の流れです。
ステップ1:ペルソナを「一人の顔の見える人」まで具体化する
ペルソナは、ターゲットの典型像を1人の人物として描いたものです。年齢層や職業だけで止めず、平日の過ごし方や悩みのレベルまで踏み込むのがコツです。
DXイングリッシュの例では、次のようにペルソナを記述します。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| 名前・年齢 | 佐藤あずさ(32歳) |
| 職業・役割 | 都内IT企業の広報、最近海外案件にアサイン |
| 家族構成 | 夫と2人暮らし、平日は1人で夕食 |
| 悩み | 会議で英語が出てこない。資料は読めるが話せない |
| ゴール | 3か月後の海外出張で、雑談を5分続けられるようになりたい |
| 情報源 | インスタ、ノート、X、同僚の口コミ |
ペルソナを描いたら、必ず「このマップで、この人にどんな状態になってほしいのか」というゴールもセットで書き留めます。DXイングリッシュなら「2か月で初回のオンラインレッスンを完了し、月4回以上の継続利用に入る」のように具体化します。
ステップ2:フェーズを5つに区切る
フェーズはマップの横軸になる「時間の章立て」です。最初は次の5フェーズで考えると外しません。サービスの特性に合わせて言い換えれば十分です。
- 認知:「こういうサービスがあるのか」と知る
- 興味・情報収集:気になって調べ始める
- 比較・検討:他のサービスと見比べる
- 初回利用:申し込み、初めての体験
- 継続利用:日常に定着する/離脱する
DXイングリッシュなら、3〜5の間に「無料体験レッスン」を入れて6フェーズにするとリアリティが増します。
ステップ3:各フェーズのタッチポイントを書き出す
タッチポイントとは、顧客とサービスが触れる接点(ウェブ、SNS、メール、店舗、サポート、口コミなど)のことです。フェーズごとに「ここで顧客は何に触れるか」を付箋で書き出します。
例:DXイングリッシュの「興味・情報収集」フェーズでは、インスタ広告、サービスサイト、レビュー記事、卒業生のXポストなどがタッチポイントとして並びます。
「自社が用意している接点」だけでなく、顧客が勝手に触れている接点(友人のおすすめ、検索結果、まとめサイトなど)も忘れずに書きます。改善のヒントは多くの場合、自社の管轄外で起きています。
ステップ4:行動をできるだけ細かく時系列に書く
同じフェーズの中で、顧客は何アクションを取っているでしょうか。1行に1動作の粒度で書き出すと、抜け漏れが減ります。
例:「比較・検討」フェーズの行動を分解すると――「料金ページを見る」「料金が3パターンあって迷う」「ノートで卒業生の体験談を読む」「家族に相談する」「夜にもう一度サイトを開く」――というふうに、「画面の操作」と「画面の外で起きていること」を両方拾います。
ステップ5:感情・思考は「セリフ」のように書く
各行動に対して、「そのとき本人は心の中で何と言っているか」をセリフで書くと、リアリティが一気に増します。
- 料金ページを見る → 「3か月で大丈夫って言うけど、ほんとかな……」
- 無料体験を予約する → 「英語まったく話せないのに、急に話しかけられたらどうしよう」
- 初回レッスンを受ける → 「思ったより和やかだった!意外と続けられそう」
感情はそれぞれに加えて、5段階や折れ線グラフで「上がっている/下がっている」を可視化するとさらに分かりやすくなります。
ステップ6:課題と改善アイデアを洗い出す
感情が下がったポイントは、ほぼ確実に改善のチャンスです。マップの下段に「課題」「打ち手のアイデア」の2行を追加し、対応する列に書き入れていきます。
| フェーズ | 課題 | 打ち手アイデア |
|---|---|---|
| 比較・検討 | 「3か月で話せる」の根拠が弱い | 卒業生の音声インタビューをサイトに3本掲載 |
| 無料体験予約 | 初回の不安が大きい | 事前メッセで講師から自己紹介動画を送る |
| 継続利用 | 2週目で予約しなくなる | 2週目までは固定枠の予約リマインドを自動送信 |
ステップ7:マップとして清書する
付箋で発散した内容を、最後に1枚にまとめます。横軸にフェーズ、縦軸に「タッチポイント/行動/思考・感情/感情グラフ/課題/打ち手」の6行を並べると、初心者でも整理しやすい型になります。最初から完璧な見た目を目指さず、A3用紙1枚に書き切ることを優先しましょう。
マップを実務で活かす4つのパターン
マップは「作って終わり」では効果が出ません。何のために使うかで運用が変わるため、目的ごとの使い分けを押さえておきましょう。
パターン1の「改善アイデアを出す」が、いちばん多く使われる入口です。マップを叩き台にしてワークショップを開くと、各部署の認識違いが浮かび、その場で打ち手が出てきます。パターン2の「横断体験の課題把握」では、ウェブ・店舗・サポートが分断されたままになっていないかを点検します。パターン3の「自社・競合の評価」は、マップから抽出したニーズをチェックリスト化して、自社サイトと競合サイトを点数で比べます。パターン4の「マーケ自動化のシナリオ設計」では、マップの各フェーズに合わせて配信メールの内容とタイミングを決めていきます。
初心者がやりがちな失敗5選と回避策
受講生のワークショップでよく見られる失敗を、回避策とセットで5つ紹介します。
- ペルソナが「20〜40代女性」のままで止まる → 「会社員の佐藤さん32歳、毎晩9時に帰宅」のように、1人の顔が見える人物まで具体化します。
- 感情が全部「不安」「便利」のような抽象語になる → 「セリフで書く」と決めると、自然に具体的になります。
- 自社サイト内の動きしか書いていない → 「サイトを閉じてからの行動」を1列以上必ず書く、というルールを置きます。
- 担当者の希望が混入する → 「事実ベース」と「願望」を別の色の付箋に分けると、見直すときに発見できます。
- 1人で作って共有して終わる → 必ず2名以上で叩き、最低1名はその場で「自分は違う体験をした」と異論を言える役割を担います。
受講生向けミニワークシート:今日から始めるための持ち物リスト
研修で実際に作り始めるときに、最低限そろえたい持ち物と進行手順をまとめました。
| 準備物 | 用途 |
|---|---|
| A3用紙またはホワイトボード | マップ本体の台紙 |
| 付箋3色(行動/感情/課題) | 役割別に色分けすると整理が楽 |
| ペルソナの1枚シート | 議論中の迷子を防ぐ |
| 顧客インタビューや問い合わせログのメモ | 事実ベースの裏付けに使う |
| タイマー(90分推奨) | 時間を区切ると初版が一気に完成しやすい |
進行の目安は次のとおりです。10分でペルソナとゴールを確認 → 15分でフェーズを設定 → 30分で行動と感情を発散 → 20分で課題と打ち手を出す → 15分で清書。タイムキープのある会議室の枠で初版が出来上がります。
マップを書き終えたら、次の3つの問いで自己レビューします。「ペルソナの1日が思い浮かぶか」「感情が下がる箇所が3か所以上書けているか」「打ち手が、感情の下がるポイントの真下に並んでいるか」。1つでも詰まったら、足りない情報を追加リサーチで補いましょう。
まとめ
カスタマージャーニーマップは、決まった様式があるわけではありません。重要なのは「実際の顧客の行動と感情に即して書けているか」。最初から精度100%を狙わず、A3用紙に荒削りでも書き切って、関係者と一緒に直していくほうが、結果として早く改善が回ります。
本記事の7ステップとミニワークシートを手元に置きながら、まずは現状(AS-IS)と顧客視点(アウトサイドイン)の組み合わせで1枚目を作ってみてください。書きながら出てくる「ここが分からない」という空白こそが、次のリサーチテーマになります。
